やっとことで第一章突入!
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目を開くとそこは見覚えのない部屋の中だった。
ぼやける視界に人影が映る。何度も瞬きして視界をはっきりさせようとしていると、その人影は俺が意識を取り戻したことに気付き、俺の顔を覗き込んできた。
「ゆ……り……?」
思わずそう呟いていた。今度はかすれた声ではあるがちゃんと声が出た。目の前には飛行機事故で死んだはずの祐理の姿があった。
「そっか、俺も祐理の所に行けたんだな……」
俺はうまく動かない両腕を必死に伸ばし、彼女の頭を抱き寄せた。暖かな温もりが祐理の存在を実感させる。無意識に涙が溢れてきた。もう一生会えないと思っていた。姿を見ることさえ叶わないと思っていた。それが例え死んだ後だとしても、こうして祐理の温もりを感じられるだけで俺は幸せだった。
「ちょ、ちょっと!」
いきなり祐理が強い力で俺の腕から逃れていった。
「どうして? 祐理……俺だよ。隆史だよ!」
「祐理って誰ですか? ちゃんと見て下さい! 私は祐理じゃなくて志緒理ですから……ほら、さっき海で少し話したじゃないですか。あの後大変だったんですよ。あなたがいきなり倒れて動かなくなるからお兄ちゃんを呼んで……」
そこまでしか聞こえてこなかった。正確には耳には入っていたが聞いていなかった。目の前に居るのは紛れもなく志緒理なのだろうが、志緒理はどう見ても祐理にしか見えなかった。とうとう俺は視覚まで妄想に置き換えられてしまったのだろうか。彼女の声が、彼女の姿が祐理に重なって仕方なかった。そうこう考えているうちに頭の中を事実と疑念が渦を巻き、収拾がつかなくなる。
そして俺は再び意識を失った。
カーテンの隙間からこぼれる太陽の気持ちいい光によって俺は再び目を覚ました。
軋む体に鞭打って起きあがるとカーテンを開け放つ。よどみがない快晴だ。だがそんな天気と裏腹に俺の心はよどみきっていた。
目を覚ました時の風景が昨日の出来事が夢でないことを示していた。正直なところ夢だろうと思っていた。祐理の姿をした少女が存在するわけもない。だから俺は疲労困憊した体が見せた幻覚のような物だろうということで納得することにした。昨日は混乱していたが、流石に一晩も経てば志緒理が祐理に見えるわけもないだろう。
俺は部屋を出て人気のする方に歩き出した。と言うよりは朝食の良い香りがする方に歩き出したわけだが。思い起こせば昨日、北海道に着いてから何も口にしていない。飛行機に飛び乗る前に口にしたのは小さなパン一個程度だ。祐理が居なくなってから食欲もあまりなかったのだ。しかし流石に丸一日が経過すると体が食料を求めていた。
一応ノックして返事を待ってからドアを開ける。俺よりも少し年上の男がテーブルで厚焼き卵をおかずに白米をかき込んでいた。
「やっと目を覚ましたか? まぁ座れよ。腹減ってるんだろう?」
俺は言われるままにテーブルに着く。非常に居心地が悪い。その男は鋭い目つきに短髪で、痩せ形だが筋肉の付きは良い。いかにもスポーツマンといった風貌だ。見知らぬそんな男とテーブルを囲むのはなんだか睨まれているようで萎縮してしまう。
「母さん。こいつの分も朝食を運んでやってくれ」
大きめの声で台所に向かって声を掛ける。俺がここに入ってきたのも気付かなかった所を見ると耳が遠いのかも知れない。直ぐさま俺の前には厚焼き卵と布海苔のみそ汁、たらこに大盛りの白米が並べられる。
「遠慮しないで良い。うまいぞ」
「すみません。いただきます」
本当に美味しかった。一日ぶりの食事と言うこともあるだろうが、卵焼きの絶妙な塩加減といい、みそ汁のしっかりとした出汁の取り方といい文句の付けようがなかった。俺は流し込むように卵焼きとたらこで白米を平らげると、みそ汁を一気に飲み干す。
「それだけ元気があれば大丈夫だな。北海道の四月はまだ冬なんだから注意しろよ」
「助けて頂いた上に、朝食までご馳走になって……ありがとうございました。……あの、志緒理さんは?」
お腹がふくれた所で部屋を見渡すが、そこには彼女の姿は見えなかった。
「ああ、あいつなら近くの海岸に行っているんじゃないかな。お前が倒れた海岸だよ。あいつが居なかったらお前絶対に死んでたぞ? 礼ぐらい言ってから行けよ? お前の荷物は部屋に置いてあっただろう?」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。お兄さんにもお世話になりました」
「別に良いさ。それよりお兄さんってのはやめてくれ。憲司で良い。まあ、もう会うこともないかも知れないがな」
そう言って笑う憲司に俺も笑みを返した。
お腹も落ち着いてきた所で、俺は憲司とその母にお礼と挨拶をして立ち上がった。部屋に戻り荷物を肩に抱え家を後にすると、志緒理の居る海岸に向かって歩き出した。
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