だいたい更新は週二回~三回にしようかと考え中。
今回は前回より少しだけ長めです。
彼女の長くて綺麗な栗色の髪。黒くて大きな瞳。俺が言うのもなんだが、笑顔がすごく可愛くていつも見とれていた。ぼんやり見つめる俺を下から覗き込むように見上げて、不思議そうな顔を見せる祐理。
「くそっ」
目を瞑れば浮かび上がる彼女の姿と、それによって締め付けられる胸の痛みが悪態を付かせる。俺は荷物を手に掴むと、閉じかけた列車の扉から飛び出した。
四月とは言っても流石に寒い。未だに日陰に当たる部分は雪を残している。もう少し早ければ辺り一面真っ白だったのかも知れない。これが祐理と一緒だったらどれほど幸せかという考えが一瞬頭をかすめる。
俺は改札を抜けると走り出していた。行く当てなどない。行きたい所もない。ただただがむしゃらに走った。
どこまで走り続けたのだろう。微かに潮の匂いが鼻に香る。北海道のイメージといえば広大な大地と牛。そんなものを想像していたが、俺が息も絶え絶えになりながらたどり着いた所は海だった。
コンクリートで出来た高い塀を降りるとそこは砂浜だ。所々に海藻が打ち上げられている。満潮時にはコンクリートの所まで波が来るのかも知れない。
俺は塀に背を預けるようにして海を眺める。静寂の中に波の音だけが響き渡る。
「北海道にも海があるんだな……」
そんな馬鹿なことを口走る。完全に独り言のつもりだった。だが意外にもそんな呟きに返事が返ってきた。
「北海道って言ったら広い平野ですよね。それと……牛かな」
まるで俺の心を読んだかのような答えだ。案外北海道に抱く共通のイメージといえばそんな所なのかも知れない。
その声は俺の真上から聞こえてきた。なんだか祐理の声によく似ている気がする。いや、気のせいだ。あまりに祐理のことを考えすぎていて、頭の中で祐理の声に変換されているのだろう。
「でも……海も悪くない」
視線を向けずにそう返した。これも独り言の延長だ。別に俺の上に居る誰かに返したというわけではない。
「そうですね。私も好きです。ちょっと悲しげで……」
だが律儀にもそいつは返事を返してくる。こんな所で俺の独り言に付き合う奇特なやつを一目見てやろうと俺は顔を上げた。逆光で顔ははっきり見えない。そのシルエットから女性であることは分かる。恐らく俺とさほど変わらない年齢だろう。
心地良い風が吹いている。その風が黙って海を見つめる少女のスカートを僅かにはためかせる。小さく声を上げてスカートを手で押さえつける。上を見上げている俺に少女は気付き、視線を向ける。きっと鋭い視線を向けているに違いない。
「わわ、み、見ました?」
正直見えるわけがない。逆光でスカートの中どころか表情さえうまく読みとれない。それに例え見えていたとしても今の俺にとってはどうでも良いことだった。
「いや、見てない」
このまま見上げていて覗こうとしているなどと勘違いされては面倒だ。俺は視線を海に戻す。
「……よかった。じゃあ私行きますね」
俺は何も答えなかった。少しの間俺の返事を待っていた少女も、いつの間にか姿を消していた。夕焼けの光を受けて赤く輝く海が彼女の言うとおり悲しげに写った。
どれほど時間が過ぎただろうか。海は漆黒に包まれ、街灯と月明かりだけが俺を照らし出している。
僅かに体が震えていることに気付く。まだ雪が残る北海道の夜を正直舐めていたとしか言いようがなかった。俺の服装といえば完全に春向けのラフな服装だ。それに加え海から来る冷たい風が俺の体温を奪い去るのは容易なことだった。
「このまま……それもいいか……」
俺は黙って目を瞑った。
「あれ、まだ居たんですか?」
不意に真上から声がした。見上げなくても分かる。夕方に俺に独り言に付き合った奇特な少女だ。一つだけ前回と違うのは塀から降りて俺に近付いて来ていることだ。
――俺に構わないでくれ!
そう言ったはずだった。だが寒さのせいか潮風に晒されたせいか、俺の喉は声を発していなかった。その代わり俺の口はいつの間にかカチカチと小さな音を発している。
「え……ちょっと、大丈夫ですか?」
俺のただならぬ様子にその少女は俺の肩に手を置いた。
温かな手。だがその感触は一瞬で俺の肩から抜けていった。彼女が手を離したわけではない。俺の体は意識と関係なく前に倒れ込んでいた。
『死ぬ時は寒さを感じるって良く聞くけど、なんだ暖かいじゃないか……今会いに行くよ祐理』
次第に薄れる意識の中で俺はそんなことを心の中で呟いていた。
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