序章

連載小説　第一弾
雪が溶けきる前に（仮）　１記事目　　序章　

　列車内にはただ一つの喧噪もなく、走行音だけが一定のリズムを刻んでいる。俺、笹山隆史はそんな列車に一人窓の外を眺めていた。
　もう季節は春に移り変わろうとしてる。そして本当ならば明日から春休みも終わり、何気ない学校生活の日常に戻るはずだった。でも今回はそうじゃなかった。
　俺はバイトで貯めた僅かな貯金全てを財布に詰め込み、遠く離れた北海道へ足を運んでいた。
　別に北海道に来たかった訳じゃない。
　どこでも良かった。
　忘れられるなら。
　気が紛れるなら。
「祐理……」
　自然と口から零れたその名前が俺の胸をきつく締め付けた。

　溜まりに溜めた宿題の山に追われながら、俺は呑気に彼女の帰りを待っていた。学校が始まる前に彼女とどこに行こうかとか、今年こそは彼女との仲を進展させるぞとか。そんな平和で幸せに満ちた想像を頭の中で繰り返していた。
　だが彼女、北川祐理が戻ってくることはなかった。
　知らせを聞いたのは、あと数日で春休みが終わろうかという時だった。
　家族との初めての海外旅行。何のことはない。毎年何万人と海外に出かけ無事に戻ってくる。それなのに祐理とその家族を乗せた飛行機は日本に到達することはなかった。
　本来ならば関係のないこと。例え飛行機事故で行方不明者が出ても、口ではそれを心配だとか、かわいそうになんて言っちゃいるが、そんな物は上辺だけのものだ。俺だって初めてニュースでその事件を見た時はそうだった。行方不明者の欄に北川祐理とその両親の名前を見つけるまでは。
　目を疑った。同姓同名だと思いたかった。ひょっこり「お土産もってきたよ」なんて言ってチャイムを鳴らしてくれることを期待した。でもいくら待ったところで彼女は戻ってこなかった。
　一度だけ彼女の家に行ってみたことがある。何一つ変わらないはずなのに、俺にはそれが良くできた偽物のような気がして、途端に吐き気がこみ上げてきた。耐えきれずその場から走り去り、それ以来彼女の家には近付いていない。
　彼女の居ない日常を過ごすことが耐えきれないほど苦痛だった。
　俺は手近な物だけを鞄に詰め込み、何も考えずに北海道行きの飛行機に乗り込んでいた。